


林に囲まれた池にホシハジロ15羽が休んでいた。望遠鏡で1羽ずつ見ていくと微妙に赤味のある頭が目に留まった。この赤には見覚えがあった。高野伸二が濃い紅褐色と表現した雄のメジロガモの頭の色。背の色は隣のホシハジロよりやや濃いようだ。暫し待つ。眼を開けた。白、ではないようだが、赤でもなかった。嘴の先の黒も狭く見える。
虹彩が黄色く見え、背がやや濃く、嘴先の黒斑が外縁に沿って基部に帯びていない、等ホシハジロの個体差を逸脱していると思われた。虹彩が黄色い、背が濃い、嘴先の黒斑が外縁に伸びていないところはアメリカホシハジロに近いが、頭部の形は四角いアメリカとは明らかに異なる。額はアメリカのようには高くなく、なだらかで頭部は三角形に見える。この点もメジロガモに近いと感じた。
これらを総合すると、このホシハジロ様の雄ガモは雑種メジロガモxホシハジロと思われた。しかし、気になる点もあった。嘴がやや長く見え、体のサイズがホシハジロとほぼ同じくらいであることを考慮すれば、メジロよりむしろアカハジロの可能性があるかもしれない。ホシハジロ、アカハジロ、メジロガモの順に、全長は40-50cm≧46-47cm>38-42cm、質量は900-1100g>680-880>520-580g(Brazil(2018))である。メジロガモは質量で比べれば、ホシハジロの半分強くらいしかない。サイズに関わる遺伝子が単一でかつ単純な中間雑種(不完全優性)だとすれば、1000gのホシハジロと550gのメジロガモの雑種は800g弱にしかならない。それなら片親がメジロガモはありそうにない。メジロの可能性がないかといえばそんなこともない。たとえばサイズに関わる両種に共通の遺伝子座が10あったとする。ホシハジロでそのすべてが優性遺伝子のホモ接合体、メジロガモですべて劣性ホモと仮定すれば、F1はすべてホシハジロのサイズになるからである(現実味はないが)。






背はホシハジロ♂よりやや濃いが、あまり差がないように見えることがあった。頭部の色味は光線の当たり方、見る方向により微妙に変化し、より赤っぽく見えることもあれば、ホシハジロとさほど違わないように見えることもある。


翼のパターンは、灰色味を帯びた白であり、ホシハジロの灰色とは明らかに異なる。次列風切のパターンもほぼ灰色のホシハジロとは異なるが、メジロガモやアカハジロほど、黒白のコントラストが明瞭ではない。

三列風切はホシハジロより暗色。

下尾筒は黒であり、メジロ、アカハジロの特徴は出ていない。




腮の白いひし形はメジロガモ、アカハジロに共通の特徴である。たとえばコバケイ図鑑にはアカハジロの形態に「腮にひし形の顕著な白はんがある。」と記されている。このカモの腮には白斑があるが(画像1)、ホシハジロにはない(画像2)。したがってこの特徴はこのカモがメジロガモまたはアカハジロを片親にもつ雑種であることを示唆する。しかしやや小さいながらも腮に白斑があるホシハジロがいる(画像3、4)。こうした個体は何代か前のメジロかアカハジロの血を引くのだろうか。


嘴の先の黒斑は垂直に断ち切れるアメリカホシハジロ的ではあるが、基部はホシハジロのように黒くアメリカ的ではない。メジロもアカハジロも基部は黒くない。嘴峰は、ホシハジロが43-49mm、アカハジロが42-49mm、メジロガモが36-43mmである(コバケイ)。ホシハジロと同程度の嘴を持つ雑種の片親がアカハジロかメジロかと問われれば、やはりメジロとはいいがたい。




虹彩は一見黄色に見えたのだがこうして拡大してみると、内側は白で外側は赤橙であることがわかった。ホシハジロもただ赤いわけではなく、内側は黄、外側は赤である。ホシハジロの虹彩の色素量を1/4程度に低減すればこの雑種ガモのような表現型になるかもしれない。
![common_pochard_aythya_ferina_distribution_map[1].jpg](https://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/006/218/60/N000/000/000/158159550494981419230-thumbnail2.jpg)
![baers_pochard_aythya_baeri_distribution_map[1].jpg](https://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/006/218/60/N000/000/000/158159632321732915857-thumbnail2.jpg)
![ferruginous_duck_aythya_nyroca_distribution_map[1].jpg](https://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/006/218/60/N000/000/000/158159632938921559047-thumbnail2.jpg)
分布と個体数からどのようなことが予想されるか(分布図はいずれもHBWAliveより引用した)。ホシハジロはヨーロッパからバイカル湖までユーラシア大陸に広く分布し個体数も多く195万~225万である(HBWAlive)。そしてメジロガモはホシハジロほど多くはないものの4万~10万がホシハジロとほぼ同所的にユーラシアに広く分布している(HBWAlive)。それに対してアカハジロの分布は極東に限定され絶滅に瀕している(HBWAlive)。さらに東進するメジロとの交雑が増加しているといわれる。こうした状況を勘案すると、ホシハジロと交雑する可能性が高いのはメジロである。数が少ないうえに同所的に分布する地域がほぼないアカハジロとは交雑の可能性はかなり低いと思われる。アカハジロとの交雑より、繁殖可能であるならメジロとアカハジロの雑種との交雑((メジロガモxアカハジロ)xホシハジロ)の方がもしかしたら可能性が高いかもしれない。
当該雑種がメジロガモxホシハジロだとして、メジロ的な形質があまり出ていない理由を再考してみる。嘴と体のサイズに関わる複数の遺伝子について、ホシハジロですべて優性、メジロですべて劣性とするのはやはり有り得そうにないので、たとえば10の遺伝子座のうち両者が半数ずつ優性遺伝子を持っていたとする。こうした状況でホシハジロの形質を優先的に発現し、メジロの形質を限定する仕組みはあるだろうか。種特異的にDNAの塩基をメチル化するあるいはヒストンを脱アセチル化するエピジェネティックなシステムがあれば可能かもしれない。たとえば、メジロガモの優性遺伝子のプロモーターのみを特異的にメチル化する仕組みがあれば、メジロ的な表現型が抑えられる。女性の体細胞のX染色体の不活性化や配偶子のゲノムインプリンティングを思い起こせば、種特異的なエピジェネティクスはそれほど突飛な発想ではないと思うのだが。
追記200223:清棲幸保著『増補改訂版日本鳥類大図鑑』のホシハジロ成鳥♂に以下の記述あり。
腮の先端の部分には白色の小斑がある。
どれくらい一般的か誰か調べて。
追記220106:上記で、3種の分布から交雑は、ホシハジロとメジロガモではより起こり得るが、それに比べホシハジロとアカハジロとでは可能性はかなり低いだろう、と類推した。しかし、分布域西端のアカハジロの♀がホシハジロ♂囲まれた状況を考えてみると交雑は蓋然的といえる。同種の♂を探すコストがあまりに大きくなるからである。たとえ異種であろうと交尾が可能なら繁殖の可能性を選ぶと思われる。子には半分遺伝子を残せる。
交雑は一般的に一方の種が他方の種より圧倒的に少ない地域で起こる。なぜなら、繁殖期の個体が同種の配偶者を簡単には見つけることができず、手短なところに類似種が豊富であるなら、種間の障壁は取り払われうるからである。そのような記述がCollins"BIRDS GUIDE"p58にある。
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