40分間の採餌行動を観察した。千回以上嘴で泥中(あるいは水面下の泥中)をプローブしたが、肉眼で見える生物種の捕食を認めることはできなかった。同所でソリハシシギ、キアシシギ等が盛んに捕食しているコメツキガニ等の甲殻類やメダイチドリが引き抜くゴカイにはまったく興味を示さない。その代わり粘性のある透明または濁った液体を吸い取っている様子を確認した。この粘り気のある物体はバイオフィルムと思われる。
多細胞生物の細胞が細胞外マトリックスを介して集合し組織を、組織が集まって器官を形作るように、バイオフィルム(場合によりバイオマットと呼ばれることもある)は、自ら分泌した細胞外多糖類を介して構築された複数種の原核生物が織りなすマクロな高次構造である。
私がこの語を初めて耳にしたのは1990年代の終わり頃だったと思う。確か大学の研究室の先輩がこの研究に首を突っ込んだときのことだ(結果が出る前に撤退してしまったようだが)。藻類と菌類の共生でマクロな地衣類が形作られていることは勿論承知していたが、より単純な原核生物が多細胞的な立体構造を構築し環境に適応していることにちょっとした驚きを感じたものだ(ストロマトライトと呼ばれる巨大な構造物を形成するシアノバクテリアが原核生物であることも知ってはいたが)。手元にある微生物学のテキストのグローバルスタンダード『ブラック微生物学』の索引でこの語を探したが出ていなかった。日本語版が出版されたのが2003年なので、バイオフィルムの概念が一般化したのが比較的最近であることがわかる。
バイオフィルムは近年、ヒメハマシギ等の小形シギの餌として注目される。
キリアイのダイエットは、HBWによれば、ゴカイ類、二枚貝、巻貝、ヨコエビなどの甲殻類、甲虫、ハエ、バッタ、アリなどの昆虫(成虫およぶ幼虫)とされ、バイオフィルムの記載は当然ない。なぜならHBWの出版されたのは1996年であり、鳥類学者の間でもこの用語と概念は認知されていなかったからである。
ヒメハマシギやトウネンなどの小形シギ類は先端に棘毛が発達した独特の舌を持つ(おそらく、キリアイの舌も同様だろう)。これによって泥とともにバイオフィルムを絡めとる。嘴へ届いた後は舌は使わないようで、嘴を開閉して表面張力により輸送する(上の画像参照:ランダムに撮影されたものを恣意的に配列したもので一連の連写画像は一つも含まれていない)。ちょうどヒレアシシギがそうするように。
バイオフィルムを泥とともに摂取する場合、栄養の効率は高くはない。なので大形シギのダイエットにはなりえないと考えられる。干潟における食物網に、小形無脊椎動物→小形シギ、バイオフィルム→小形シギが組み込まれることで、生態系の複雑性が増し、多様な生物の共存の安定性が高められることが予想される。
→ 港湾空港技術研究所 桑江 朝比呂(2012)「トウネンもハマシギも バイオフィルムを食する」
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