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zoom RSS ジシギの種分化を想像する、特にチュウジシギに焦点を当てて (U)

<<   作成日時 : 2016/08/16 21:31   >>

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承前
2015年度日本鳥類標識協会札幌大会で注目すべき発表があった。小田谷嘉弥さんの「尾羽が18枚の“小さいオオジシギ”とは何者か?」だ。この報告には面白いポイントがいくつもあるのだがここでまず取り上げたいのが関東のチュウジの尾羽の枚数の度数分布である。20枚が多数派で52個体。これはよしとして、意外なのは18枚が23個体もいたことである。
貼り付け元 <http://seichoudoku.at.webry.info/201604/article_1.html>


チュウジシギの尾羽の枚数は20枚が主流である(とされてきた)。尾羽の枚数は雄のディスプレーフライト時の尾音を決定すると仮定する(尾音の語は高野伸二による)。枚数だけでなく形態も当然音響に関わるはずだが、とりあえず以下の議論では形態は考慮しない。尾羽の形態における雌雄幼成差については近い将来議論されるようになるだろう。夏羽と冬羽で外側尾羽の形態が変化す可能性も検討されるべきか。いずれにしても、ディスプレーの尾音は配偶行動の種認識にかかわると思われる。

羽数を継時的に変えるメカニズムとしては、変異と交雑が考えられる。例えば、チュウジシギは突然変異により各世代で20枚以外の個体が生じているはずである。しかし、雌による配偶者のチョイスに適わない雄、すなわち尾羽の少なすぎるもの多すぎるものは淘汰される。そのような過程でチュウジシギの尾の枚数は20へ収束する。
チュウジの分布はハリオシギ、オオジシギと一部重なる。チュウジの雌で変わり者が同種の尾音よりハリオのそれに惹かれたとする。異種間の交雑個体の尾羽はどうなるか(交配後隔離がどれくらい進んでいるかはわからないが仮に交雑個体も発生可能として)。ハリオの主流は26枚なので22枚や24枚になるかもしれない。そうした個体はおそらくチュウジのようだがチュウジでない、ハリオのようだがハリオでない中途半端な尾音でディスプレーをすることになる。そうした雑種の適応度は普通低くなる。なぜなら、普通のチュウジの雌にもハリオの雌にも同種と認識される可能性が小さくなるから。したがって、交雑は適応的ではなく、尾羽の枚数は各種で離散的に維持される。

ここまでジシギの尾羽の数が種ごとに一定の数値に収まる(または変化する)仕組みを見てきたのだが、実はこれはあくまで雄についてのみ当てはまるのだ。外側尾羽の機能がディスプレーの尾音に限定されるなら、制約から解放された雌の尾羽の数は何が決めるのか。もちろん雄によるチョイスではない。雌は(たぶん)ディスプレーをしないから。性選択でないなら自然選択により枚数が決まることになるだろう。おそらく個体維持、生体の代謝やエネルギーの観点から20枚で安定化する必然性はないと思われる。
洞穴性動物には眼や体色を失う傾向がある。機能しない器官や組織を維持するにはそれなりのコストが必要であり、進化はコストを低減する方向に進む。具体的には、例えば眼の発生に関わる遺伝子を壊す突然変異に対して負の選択が効かなくなる。まずは機能がそこなわれ、眼の構造自体が失われるのは時間の問題となる。保護色など体色の維持には色素の合成と配置に相当のATPが消費されているはずで、これを機能不全にする突然変異は暗黒の世界では適応的になる。

さて、尾羽を増減させる変異に対して、ジシギの雌ではどのように選択圧が作用するだろう。特殊化にはコストがかかると思われることから増えることはありそうにない。したがって、洞穴性動物が眼を失ったように、例えば、チュウジシギの雌は尾羽を20枚から減じていくことが予想されるのだ。しかし、19、18…12と一般的な鳥の数まで減ることはたぶん発生学的に許されない。雄の尾に20枚を発生させるメカニズムを種として維持しなくてはならないからである。この状況はヒトの男性に乳首があることを思い出せばわかりやすいかもしれない。乳首を含め乳房を形成する遺伝子(の一部)は男女に共有される常染色体上にあるため、男性にも乳房を発達させる遺伝的な潜在能力はある。しかし、男性に不必要と思われる大きな乳房を発達させるのは個体維持に無駄なコストである。それを抑えるため乳房の発生初期に形態形成にかかわる遺伝子の発現を抑制する。一方で抑制にもコストはかかるため、小さな乳首形成まで完全に抑制することはないのだろう。
鳥類の性決定様式は、雄ヘテロ(XY)型のヒトやショウジョウバエとは異なり、雌ヘテロ(ZW)型である。鳥の雄に特異的な染色体(ヒトのY染色体に相当するW染色体)はない。したがって、たとえばチュウジシギの尾羽の数を20枚にする遺伝子(群)を雄(ZZ)だけが持つことはありえない。雌(ZW)の細胞内にも必ずあることになる。雌の尾羽は数を減らすメリットと減らしすぎるデメリットのバランスで決まるだろう。その数が18枚なのではなかろうか。18枚の雄、20枚の雌もいるだろうが、18枚の23個体の多くが雌である可能性は高いのではないか。このような状況はチュウジに限ったことではない。ジシギ類は雄より雌のほうが尾羽数が少ない。検証に値する仮説である。

一方で、この逆も考えておく必要がある。18枚が雄で、20枚が雌となる状況は起こりうるか。可能性がないとはいえない。まず体のサイズが何らかの理由で、雄のほうが雌より有意に小さい、または尾羽の胚域が狭ければ枚数が減るかもしれない。枚数を減らす何らかの強い選択圧が雄の尾に作用して、機能解除された雌の尾羽の数が減少する速さを上回ることが起こりうる。例えば雌の好みが変化したら性選択が強く働くかもしれない。好みが変わらなくても、気候が変化すれば雌の聞こえ方も微妙に変わるかもしれない。祖先個体群が東に移住したとして、湿度が高くなった可能性がある。多湿では、雄は尾羽の数を減らすことが適応的となったかもしれない。実はこれまでの文献上のチュウジの尾の枚数が小田谷さんの今回のデータよりかなり多いことからしてもありうると考える。答えはいずれ小田谷さんが出してくれるはずだ。ジシギの尾羽の性的二型の可能性についてはこの辺で終わりにして、次にいよいよ地理的変異について考えていきたい。

さらに意外なのが22枚あるいはそれ以上がまったく捕れなかったことである。
貼り付け元 <http://seichoudoku.at.webry.info/201604/article_1.html>


小田谷さんによれば、尾羽22枚のチュウジが捕獲82個体中に1羽もいなかった。これのどこが意外かといえば、茂田良光さんの次の記述(Birder2000年5月号p46)を見れば真意がわかるはずだ。

チュウジシギの尾羽の枚数は、Prater, et al. (1977)によれば、18〜26枚の例があるが、20枚または22枚が普通である。


ここで注目されるのは、Praterらが22どころか26枚を記録していること、そして22枚は普通であるが18枚を普通と記さなかったことである(この文献を私は未見なので、それぞれの個体数がどれだけあったか知らない)。茂田さんらは2002年にフィリピンでオオジシギを捕獲したと発表した。

その論文で、捕獲個体がチュウジではなくオオジとした根拠として、尾羽が18枚であること(と外側尾羽に白が多かったこと等)を挙げている。この論文の生命線は、18枚はオオジでは主流であるがチュウジでは「普通」ではないとするPraterの公準である。小田谷さんの結果は、18枚が(少なくとも関東の)チュウジで普通であることを示している。茂田さんの用いた公準は関東のチュウジには適用できない。そして、そのチュウジがフィリピンへ渡っている可能性は少なからずある。小田谷さんは先輩研究者に配慮して次のように記す。

これらのことは、少なくとも国内においては、識別に測定値や尾羽の枚数だけで種を識別することが誤った結論を導く可能性を示唆している。
貼り付け元 <http://birdbanding-assn.jp/J04_convention/2015/2015taikai.htm>


チュウジの尾羽を18〜26(20または22が普通)とするこれまでの文献と18〜21(20または18が普通)とした今回のデータの齟齬は何に起因するのか。サンプル数を増やせば解消されるのか。多分そういう問題ではない。

続く

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