ドードーを出版してはならない

ドードーには不吉なジンクスがある。すなわち、ドードーの研究者は本が完成する前に必ず死ぬ。
「私がそのジンクスを破ってやる」
沖縄諸島と先島諸島との間に引かれた生物地理学的境界線にその名を残す、鳥類学者であり探検家の、蜂須賀正氏(はちすかまさうじ)はドードーの呪いに挑んだ。
1920年、17歳の蜂須賀はイギリスに渡った。留学は当初法律が目的だったが、彼が熱中したのは法律ではなく鳥類学だった。
ケンブリッジでは、鳥類学の学会を立上げ自ら幹事を務めた。さらに、ケンブリッジ動物学探検隊を組織し、団長となってアイスランドの鳥を採集した。ドードーへ関心を持つ切っ掛けは、第2代ロスチャイルド男爵、ライオネル・ウォルター・ロスチャイルドとの出会いであった。男爵は銀行そっちのけで動物学に傾倒し、1907年に『絶滅鳥類図説』を著していた。蜂須賀の『世界の涯』に、彼と男爵とのドードー(ドド)をめぐるディスカッションの場面が活写されている。蜂須賀が本格的にドードーの研究に取り掛かるのは1934年頃である。第二次世界大戦勃発直前の1939年、アメリカの地でドードーの論文を完成させ、カリフォルニア大学での鳥学会で発表する。カリフォルニア大学出版局と出版を交渉したが成立しなかった。なんとかイギリスのウィザビー社からの出版が決まったのだが、直後開戦し、敵国での出版は叶わなかった。戦時下の日本、ヘラルド社からの出版を準備するも、最終校正の段階で印刷工場は焼け落ち原稿も灰となってしまった。
戦後、動物分類学者の内田亨(とおる)の薦めで、ドードー研究は北大で博士論文として認められた。さらに、ウィザビー社の出版作業が再開した。鳥類画家の小林重三が原色図版を描き、ついに大著‘The Dodo and Kindred Birds or the Extinct Birds of the Mascarene Islands’が完成する。イギリスからその見本刷りが、蜂須賀のもとへ発送されようとしたまさにその時、あろうことか件のジンクスは現実となるのだった。
彼の著作は今も流通している

ところで最近のドードー研究はどうなっているだろう。Beth Shapiroら(2008)は、ミトコンドリアDNA(12SリボソームRNAとチトクロムb)により、トウゾクカモメ類を外群にしてドードーを含む世界のハト類37種類の分子系統学的解析を行い、以下の結果を得た。
1) ドードーと、形態学的に近縁とされてきたソリテアは姉妹種である。これは予想通り。
2) この2種に最近縁は東南アジアのミノバトであり、次いでニーギニアのオウギバトが近い。以上4種とサモアの固有種オオハシバトが単一クレードをなす。これは意外である。嘴の形態から、ドードーに最も近い現生のハトはオオハシバトとするのが説得的だから。
3) 分岐のパターンからドードーは東南アジア経由でマスカレン諸島へ達した。これも意外である。東南アジアよりマダガスカル、アフリカの方がはるかに近いから。
4) 分子時計と化石の年代による較正から、ミノバトとの分岐は4260万年前、ソリテアとの分岐は2560万年前である。ドードーの生息地であったマスカレン諸島モーリシャス島が形成されたのが680~780万年前、ソリテアの生息地であったマスカレン諸島ロドリゲス島ができたのはさらに現代に近い150万年前だ。これらの数字が正しいとすると、最後の生息地であるマスカレン諸島が形成されるはるか以前にドードーとソリテアはすでに別の場所で種分化しており、各島が出現した後移り住んだことになる。とすると、ドードーは680~780万年前まで飛べたことになる。
5) ハトの種分化はまずアメリカで起こった。ついでアジア、そしてアフリカで種分化が起こった。最近オーストラリアで種分化が起こった。アジア経由でのマダガスカル/アフリカへの種の進出は過去に複数回あった。ハトの共通の祖先からの凡その分化の順番は、シロガオシャコバト、カノコバト(キジバトと同属、キジバトはドードーより原始的!?)、コアオバト(アオバトと同属)、ドードー、ミカドバト、カルカヤバト、ヒムネバト、そしてウスユキバト。ドードーがハト科にすっぽりと収まってしまうこの分岐図はやはり意外だ。形態学的には、ハト目はサケイ亜目とハト亜目に分けられ、ハト亜目はドードー科とハト科に分けられていたからだ。もしドードー科を有効にすると、ハト亜目は科だらけになってしまう!


参考
国松俊英『鳥を描き続けた男 鳥類画家小林重三』

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ドードーの骨120910東京大学総合研究博物館。

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