ジシギの雌は雄の尾羽を数える?(Ⅱ)

左右相称の動物は、良い遺伝子を持ち、恵まれた環境ですくすくと発生、成長すれば左右対称に育つ。左右の非対称性は発生に関わる遺伝子と発生過程の環境からのストレスにより生ずる。遺伝的ストレス、環境ストレスによるランダムな方向性を持つ非対称性はfluctuating asymmetry(FA、左右対称性のゆらぎ)と呼ばれる。FAはストレスを定量する指標となる。品定めするものにとって、左右対称は、質の良い遺伝子(good gene)と環境(十分な栄養)の目印なのだ。

視覚による配偶者選択では、一般に左右対称である個体が有利であるといわれる。なぜなら、左右対称な個体は良い遺伝子を持っているからこそ左右対称となると考えるから。たとえば、♀のツバメは尾の長い♂を選り好みするのだが、デンマークの鳥類学者アンダッシュ・P・メラーは1990年に、♂の最外側尾羽の長さはFAと負の相関があることを発見した。長い尾の個体ほど左右の長さに差がなかったのだ。メラーは、♂のツバメの尾を細工することによって、実際♀は尾が長く左右対称である♂を選好することも確認した。その後、尾の長い♂は抗体の増加率が高く生存率も高いこと、その息子の寿命が長いことも確かめられた。メラーの一連の論文が導火線となって、いろいろな動物が左右対称な配偶者を選好みすることを実証する論文が量産されることになる。ヒトもまたしかり。遺伝的資質の正直な指標としての左右対称説は現在でも進化心理学などの分野で人気が高い。
さて、
鳥の尾羽は、一般的に左右6対12枚である(例外少なからず:カッコウ類は少なく、カモ類は多い)。この左右対称性が崩れると奇数になる。奇数でも、中央尾羽が正中線上に1枚なら左右対称となるが、対を崩さなければ無視できる。
左右対称説に従えば、奇数の尾羽の個体は良い遺伝子を持たない。こうした個体は配偶者としては不適となる。こうした考え方に従って私は以前、「ジシギの雌は雄の尾羽を数える?」で、奇数の尾羽のジシギについて以下のように考察した。
左右非対称すなわち尾羽が奇数の♂は♀に選ばれない。したがって、雄の尾羽は左右対称であろう。もし奇数の個体がいたとしたら、それば選ぶ側の♀であろう(非対称を生む遺伝子が明らかに有害でなければほぼ中立に進化しうるので)。
そして、非対称な♂をあえて♀が選好する状況は考えにくい、とした。

ここでは非対称な♂をあえて♀が選好する状況を考える。本題に入る前に、メラーの研究の後日譚を追ってみたい。

メラー以後人気沸騰した左右対称説は実は、少なくとも進化生物学の分野では鳴りを潜めてしまう。恣意的なバイアスを除き客観的な統計的有意性を評価するメタ分析の手法で支持されなかったからである。FAのように効果が微妙で、かつサンプル数が比較的少ない研究では、過剰な統計学的単純化により仮説に都合の良い解釈へのバイアスがかかる傾向が生ずる。これは研究者のみならず、雑誌編集者や査読者にも影響する。人気のある仮説を支持する、よりインパクトのある結果を求めがちになるからである。まあ商売なので、出版社も売れる雑誌を作りたいのは当然であり(出版バイアスが生ずる)、人気の(売れる)仮説に対してネガティヴなデータを示す研究は採用されにくくなるのはわからなくはない。

その後2002年自らメラーは生態学、進化生物学の研究のメタ分析を行っている。こうして良い遺伝子を正直に示す左右対称説の科学展根拠は失われた。

ちなみにメタ分析に使われる統計学の基礎を作ったのがカール・ピアソン、さらに発展させたのがロナルド・エイルマー・フィッシャーである。フィッシャーは統計学者であり、ダーウィンの性選択説の遺伝学的なメカニズムを考案した進化生物学者でもある。彼の有名なランナウェイ説は、実用性(good gene)のない過剰な装飾の進化を理論的に説明した。ダーウィンは性選択は自然選択と独立して起こると考えた。その意味ではフィッシャーは正当なダーウィンの後継者といえる。一方で、自然選択を独立に発見したアルフレッド・ラッセル・ウォレスは性選択は自然選択で説明できると反論した。華美な装飾は適応度を高める実用性(good gene)を持つと考えたのである。良い遺伝子を正直に示す左右対称を追求したメラーは、ある意味ウォレスの後継者といえよう。そして、メラーの導き出したウォレス的結果がフィッシャー由来のメタ分析に否定されることは因縁めいている。

さて、息の根を止められたかに思われたものの、今でも特定の分野では左右対称説は生き残っている。鳥類学者リチャード・O・プラムは『美の進化』(鳥屋必読!!)でその理由を2つ挙げている。まず、「左右対称性の正直さ」があまりにも魅力的であるから(p100)。そして、2つめの理由として以下のように記している。

「正直な対照性」仮説が進化心理学や神経科学で生き残っている一つの理由は、進化生物学者がその仮説でとても気まずい思いをしたので、もうその仮説に触れなくなったからだ。この知的真空状態のせいで、他の分野ではこの破綻した説があたかもしっかり確立した説であるかのように引用され続けている。      プラム著『美の進化』p431

もちろんメラーは気まずい思いをした進化生物学者の一人である。
繰り返し反証されても死なない左右対称説をプラムは、ゾンビのような説と表現した。

ところで、

近世ヨーロッパで上流階級の女性の化粧としてつけぼくろが流行した。その起源は、天然痘の治癒後に顔面に残る醜い瘢痕を隠すパッチにある。黒いパッチには想定外の効果もあった。おしろいの白を際立たせたのである。色の白いは七難隠す、肌の白さは洋の東西を問わず美徳とされる。つけぼくろの効果は色白の強調以外にもある。顔の左右対称をあえて崩すことで強い印象を与える。ほくろがアクセントとなっている(なっていた)有名人や漫画キャラは枚挙にいとまがない。マリリン・モンロー、マドンナ、薬師丸ひろ子、沢口靖子(女優は加齢に伴い除去してしまうようだが)、キャッツアイの来生泪、エヴァの赤城リツコ。目尻の泣きぼくろ、口元の艶ぼくろは美徳となりうる。これは左右非対称に配置されねばならない。さもなくば千昌夫になってしまう(失礼)。左右対称性を破る泣きぼくろの魅力を検証(反証)する認知科学的研究もある。やっとお膳立てが済んだ。

ジシギ尾羽の奇数性の艶ぼくろ仮説
1)奇数の尾羽を持つ♂が存在する。
2)奇数と偶数の尾羽を持つ個体間でディスプレイの尾音に差異が生ずる。
3)♀は奇数の尾音と偶数の尾音を識別できる。
4)奇数の尾音を選好する♀がいる。
以上4条件が満たされれば、奇数の尾羽は進化し得る(良い遺伝子に関わらず)。

1)は今すぐにでも確かめられる。奇数がすべて♀であることが判明すればこの仮説はお釈迦である(Oさん早く発表してくださいw)。2)もし種分化にディスプレイ時の尾音が関わるのであれば、例えばチュウジシギとオオジシギの尾音に差があるはずであり、であれば、検出可能な偶数と奇数の尾音の差もあり得る(ただしハリオシギの針ともなると心もとない。針が1本増減したからと言って検出限界以下か。)。音源間距離(両外側尾羽の距離)が10cmオーダー、雌雄間の距離が100mのオーダーとなるから、ヒトではまず不可能だが、ヒトからすれば超能力のジシギなら可能か。2)が成立なら3)も成立だろう。4)数ある♀には、多数派の偶数の尾音より奇数の尾音に艶を感じる個体がいることだろう。

検証。
まず繁殖地で奇数と偶数の尾羽を持つ♂をいくつか生け捕り標識する必要がある。♀も複数標識する。統計学的有意を確保するためにサンプル数を増やす必要がある。個体数を増やすとともに同一個体の検査回数を十分確保しなければならない(ここまででもそうとう困難が予想される)。雌ごとに配偶者選択に左右差があるかを検証する。室内で実験できれば良いがダメならフィールドでやらねばならない(ほぼ不可能に近い)。さらに実験を続ける。尾羽に人工的に細工を加え検証する(無茶苦茶だなw)。
10年頑張ってネガティヴデータを量産するだけ必至か。

ジシギ生物学に曙はいまだ訪れず。

チュウジシギ尾190909千間橋 (63).jpgSwinhoe's Snipe nonreeding 190909C Japan.

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い

この記事へのコメント